大阪高等裁判所 平成8年(ネ)974号 判決 1997年9月25日
主文
一 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
二 被控訴人の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
理由
第一 事実の認定
《証拠略》を総合すると、次の事実を認めることができる。
一 本件倶楽部は、スポーツ振興株式会社が経営するものである。本件倶楽部の会員となり、同施設を利用してゴルフをするには、本件倶楽部の入会承認を得なければならない。
二 本件ゴルフ会員権は、乙山春夫が保有していた。乙山春夫は、平成二年二月一日、これを信和ゴルフサービス株式会社に売却し、同社は、同年七月二〇日、株式会社ゴルフプラザに、同社は、同月二三日、株式会社日本ゴルフ同友会に、同社は、同月三〇日、控訴人に順次売却し、控訴人は、同日、被控訴人に売却した(売買代金二〇九〇万円、手数料二〇万九〇〇〇円)。
三 ところで、被控訴人は、かつて昭和六三年二月に、本件倶楽部に入会承認申請をしていたことがあった。そして、本件倶楽部は、同年三月、右入会申請を承認した。
被控訴人は、右入会承認申請をした時点において、仲介業者からゴルフ会員権代金が五〇〇万円程度であると聞いていた。ところが、右入会承認後、被控訴人が購入の申入れをしたところ、仲介業者は、右代金として六〇〇万円を提示した。しかし、被控訴人は右代金を用意することができず、このため被控訴人は本件倶楽部に対するその後の入会手続をとらなかった。
四 被控訴人は、その後も本件倶楽部に入会する希望を持っていた。
ところが、本件ゴルフ会員権の相場は、その後上昇を続け、平成元年には異常に高騰し、平成二年一月ころにピークを迎えた。そして、平成二年三月から同年五月にかけて暴落し、同年七月にはやや上昇に転じた。しかし、同年九月からは再び下落し、平成三年一月には一一〇〇万円から一三〇〇万円にまで暴落した。
被控訴人は、平成二年春ころ、知人である丙川松夫(以下「丙川」という)を介して、控訴人大阪支店長中島幸太郎(以下「中島」という)に本件ゴルフ場の会員権の購入を依頼した。控訴人は、平成二年七月一八日、被控訴人に本件ゴルフ会員権が売り物としてあることを知らせた。その結果、前示二のとおり、被控訴人は、控訴人から、本件ゴルフ会員権を代金二〇九〇万円で買受けた。
被控訴人は控訴人に対し、平成二年七月二七日右代金を支払い、控訴人は、被控訴人に対し、同月三〇日本件ゴルフ会員権の会員証書等の名義書換必要書類を送付(ただし、印鑑証明書は期限切れのため、正本は後日送付)し、被控訴人はその頃これを受領した。
五 被控訴人は、本件倶楽部に対し、平成二年八月九日、必要書類を添付して入会承認申請をした。
しかし、本件倶楽部は、被控訴人に対し、平成二年九月二九日、入会不承認の通知をした。右不承認の主たる理由は、前示三のとおり、被控訴人が、昭和六三年三月に本件倶楽部から入会承認を得ておきながら、その後の手続をとらなかったことである。もっとも、右不承認当時には、その理由は明らかにされなかった(右理由は、当審になってから、本件倶楽部が、控訴人代理人の弁護士法に基づく照会に応じて初めて明らかにされたものである)。
右不承認となった事実は、被控訴人、丙川、中島に順次告げられた。そして、平成二年一〇月初めころ、被控訴人は、中島や丙川に対し、入会承認が得られるよう協力してほしいと要望した。これに対し、中島や丙川は、情報収集をするなど協力すると答えた。しかし、中島や丙川は、株式会社日本ゴルフ同友会などを通じて情報収集に努めたが、結局入会不承認の理由は明らかにならず、また入会承認を得るための具体的方法も判明しなかった。そして、そのころ、被控訴人は、中島や丙川から、入会承認を得ることが相当困難であるという事情を聞いた。
そうするうち、平成三年六月、本件倶楽部は、すべての名義書換を一般的に停止した。
六 その後、平成三年七月に、被控訴人から中島に印鑑証明書の期限が切れたので、必要なときには更新をする旨の証明書がほしいとの依頼があった。このため、控訴人は、同月五日に、更新の必要が生じたときは新しい印鑑証明書を交付する旨の書面を被控訴人に交付した。
平成四年七月、被控訴人から中島に本件ゴルフ会員権の名義人である乙山春夫が発行した譲渡証明書があるはずであるので、交付してほしいとの依頼があった。このため、控訴人は、株式会社日本ゴルフ同友会を通じて、右証明書の写しを入手し、被控訴人に送付した。
さらに、被控訴人から中島に対し、本件ゴルフ会員権の年会費の振込方法の照会があった。このため、控訴人は、右振込方法を記載した書面を被控訴人に送付した。これに基づいて被控訴人は平成四年一二月七日乙山春夫名義で年会費を振り込んだ。
七 ところが、平成五年九月二八日到達の書面で、被控訴人は、控訴人に対し、名義変更不能のため本件契約が無効であることを理由に、売買代金と手数料の返還を求めた。被控訴人が控訴人に対して、売買代金の返還等を求めたのはこのときが初めてである。
また、平成五年一一月一六日到達の書面で、被控訴人は、控訴人に対し、名義変更不能のため本件契約の目的を達することができないことを理由に同契約を解除し、売買代金と手数料の返還、及び遅延損害金の支払を求めた。
第二 本件契約の成否と内容
一 本件契約の成否
前示第一の認定事実によれば、控訴人と被控訴人との間における本件ゴルフ会員権を目的とする売買契約(本件契約)の成立が認められる。
二 本件契約の内容
1(一)ゴルフ会員権の買主は、ゴルフ倶楽部の入会承認を得なければゴルフ場でプレーすることができない。しかし、ゴルフ会員権売買契約のほとんどは、予めゴルフ倶楽部の承認を得ることなく行われている。さらに、売買の対象であるゴルフ会員権について、必ずしも当該買主が入会承認を得て名義書換をしないまま転々売却されている場合も多い。このようにして同会員権の取引市場が形成され、市場価格も決定されている。すなわち、右市場価格とは、入会承認を得る前のゴルフ会員権の価値である。このため、買主は、必ずしも入会承認を得ることなく、転売して投下資本の回収を行うことができるのである。
そうであるから、ゴルフ会員権の売買契約において、買主がゴルフ倶楽部の入会承認を得て会員たる地位を確定的に取得することが、契約の要素に該当するとはいえない。
言い換えると、ゴルフ会員権売買契約の対象は、ゴルフ倶楽部の入会承認を得て会員となり得る地位ないし入会承認があることを条件に会員たる地位を確定的に取得し得る期待権(当該ゴルフ倶楽部の「入会承認を条件とする会員の権利」という条件付権利)であるというべきである。
(二) しかし、ゴルフ会員権は、それがゴルフ倶楽部の入会承認を得て確定的に会員たる地位を取得できる権利であるからこそ、市場価格が形成される。もし、右入会承認を得ることがおよそできないのであれば、市場価格が形成されることはない。そうであるから、一見入会承認とは無関係に売買されているかのようにみえるゴルフ会員権も、最終的には入会承認を得られ、プレーできるものであるからこそ、売買の対象となり、そこに市場価格が形成されるのである。
したがって、ゴルフ会員権の売主は、買主に対し、特段の事情のない限り、買主が希望するならば、同人が入会承認を得て確定的に会員となることを保証するという趣旨の義務を、ゴルフ会員権売買契約の付随的債務として負担しているというべきである。すなわち、売主は買主に対し、前示(一)の条件付権利の売買契約において、付随的債務として、買主が入会承認を得て確定的に会員となることを保証しているといえる。
2 そこで、前示第一の認定事実及び前示1の説示に基づいて検討する。
(一) 乙山春夫から控訴人に至る本件ゴルフ会員権売買契約は、いずれも名義書換をしないまま買主が第三者に転売することのみを目的としている。すなわち、買主自身が本件倶楽部の入会承認を得て会員たる地位を確定的に取得することを予定していない。そうであるから、右契約には、売主が前示1(二)の付随的債務を負担しない合意があり、前示1(二)の特段の事情があるといえる。
(二) 他方、控訴人と被控訴人との間の本件ゴルフ会員権売買契約(本件契約)は、買主である被控訴人が、本件倶楽部の入会承認を得て、本件ゴルフ場でプレーする目的で行われた。
そうであるから、右契約においては、売主である控訴人は、買主である被控訴人に対し、前示1(二)の付随的債務を負うというべきである。前示1(二)のこれを認めない特段の事情があるということはできない。
第三 錯誤
一 前示第二の二1(一)のとおり、ゴルフ会員権の売買契約において、ゴルフ倶楽部の入会承認を得て会員たる地位を確定的に取得することは、契約の要素に該当するとはいえない。すなわち、ゴルフ会員権売買契約の対象は、ゴルフ倶楽部の入会承認を得て会員となり得る地位ないし入会承認があることを条件に会員たる地位を確定的に取得し得る期待権(当該ゴルフ倶楽部の「入会承認を条件とする会員の権利」という条件付権利)であるというべきである。したがって、この会員となり得る地位ないし期待権とその売買代金とが本件契約において対価関係に立つ。本件ゴルフ会員権も入会承認を経ないまま転売できたのであるから、買主である被控訴人の入会不承認の事実によって、直ちに、右対価関係が損なわれるものとはいえない。そうであるから、売買には入会承認を確定的に取得することがその主たる内容となっているものとはいえない。しかし、買主が入会承認を得て確定的に会員となることを、売主は、買主に対し、保証し、会員とさせる義務を契約の付随的債務として負担するにすぎない。
二 以上のとおり、被控訴人の本件ゴルフ会員権買受けの意思表示に要素の錯誤があったとはいえない。
もっとも、被控訴人が本件契約において入会承認を得てゴルフ倶楽部の会員となることに動機の錯誤があるのではないかとも考えられる。
しかし、ゴルフ倶楽部の会員となることは、本件会員権売買の前提となっているもので、前示のとおりそれが付随的債務とされている。それ故、ゴルフ倶楽部会員となることが契約当初からおよそ不可能であったのにこれを可能と誤信したというのであれば、そこに錯誤を認める余地はある。しかし、理事会の承認の対象である親睦団体たる倶楽部会員としての適否は、事の性質上、理事会の開催、決定を待たないと分らない。そうであれば、本件において、本件契約当時、被控訴人への入会承認ないし会員となることがおよそ不可能であったとは、前認定の事実に照らし認められない。
そして、動機ないし前提事実に法的意味を付与して、将来の理事会で被控訴人固有の問題で入会不承認となることがなく承認されることを本件契約の条件とするとか、その不可欠の前提とする旨を意思表示の内容として表示しない限り、それは本件契約の要素の錯誤とならない。
したがって、被控訴人の錯誤の主張は理由がない。
第四 債務不履行
一 付随的債務不履行による解除
前示第二の二の説示のとおり、控訴人には、本件契約に基づく本位的債務の不履行はない。しかし、前示のとおり、控訴人は、被控訴人に対し、買主が入会承認を得て確定的に会員となることを保証する趣旨の義務を付随的債務として負担している。そして、前示第一の認定事実のとおり、被控訴人は、自ら本件倶楽部の会員となり、同ゴルフ場でプレーすることを目的として本件契約をした。
そうすると、被控訴人は、本件入会不承認によって、会員の地位を確定的に取得することができず、これによって被控訴人は、本件契約を締結した目的を達することができなかったものである。
したがって、被控訴人には、右付随的債務の不履行(履行不能)を理由とする本件契約の解除権がある。
二 解除権の濫用、信義則違反
1 前示第二の二の説示のとおり、控訴人は、被控訴人に対し、付随的債務として、買主が入会承認を得て確定的に会員となることを保証している。しかし、右保証は、売主が特別の行為をすることを予定したものではない(名義書換に必要な書類の交付は、売買契約の本位的債務であり、被控訴人は、契約時及び契約後において、これを完全に履行している)。右保証は、買主が入会不承認となり、会員としての地位を確定的に取得できなかった場合に、これにより売買契約を締結した目的を達することができない買主に対し、売買契約を解消させ、代金の返還等を求めることができることを意味する。そうであるから、控訴人は、被控訴人に対し、同人が入会承認を得るために、ゴルフ倶楽部に対して交渉するとか、同倶楽部関係者に働きかけるなど入会承認を得るための積極的な行為をする義務を負っているものではない。まして、本件のように、一旦入会不承認の通知を受けて、入会させる債務が履行不能となったときは、それ以後、同不承認を覆して入会承認を得るための積極的な行為をする義務を、売主たる控訴人が負担するものでないことは明らかである。そうであるのに、前示第一の認定の事実のとおり、控訴人は、被控訴人に対し、本件契約につき、本位的債務を完全に履行していることはもとより、本来、付随的債務(保証)にも含まれてもいない積極的な協力までしている。
そうすると、控訴人の被控訴人に対する本件の一連の対応に信義に反するところがあったとはいえない。
2 他方、被控訴人は、本件ゴルフ会員権購入後、入会不承認の通知を受けた後も、一貫して自らが同会員権を保有することを前提とした行動をとってきた。すなわち、被控訴人は、控訴人に対し、本件契約の存続を前提として、前示第一の六の書面の交付を要求し、照会をしている。また、本件倶楽部が名義書換を一般的に停止したのは、前示のとおり、平成三年六月であるから、被控訴人としては、平成二年九月二九日、入会不承認の通知を受けた後、入会承認を得ることを断念して、本件契約の解除権を行使するか、本件ゴルフ会員権を転売するかを選択することもできた。しかし、被控訴人は、入会不承認通知を受け、さらに中島や丙川から、入会承認を得ることが相当困難であるという事情を聞いた後も、なお本件契約の解除権を行使したり、転売することなく経過した。そうしているうち、平成三年六月に、本件倶楽部は、すべての名義書換を一般的に停止したのである。そうであるとすると、被控訴人は、入会不承認後、自らの判断で、会員権価格の相場の推移をみるため速やかに本件契約の解除権を行使したり、転売する選択権を行使することなく本件ゴルフ会員権の保有を続けているうち、ゴルフ会員権の相場が下落し、かつ右名義書換の一般的停止の事態に至ったものといえる。
しかも、前示第一の認定事実のとおり、被控訴人は、右名義書換の一般的停止の後も、なお本件ゴルフ会員権を保有することを前提とした行動をとってきたのである。
なお、被控訴人が、本件ゴルフ会員権の価格の相場に強い関心を持ち、その推移をみていたことは、前認定第一の三の事実、弁論の全趣旨によりこれを推認することができる。
3 以上のとおり、控訴人の売主としての行動に、信義に反するところがあったとはいえない。
これに対し、被控訴人は、本件ゴルフ会員権購入後、入会不承認の通知を受けた後も、一貫して自らが同会員権を保有することを前提とした行動をとってきた。すなわち、入会承認を得ることが困難であることが判明した後も、長期にわたり、その間上下する会員権価格の相場の推移をみつつ、本件契約の無効とか、解除の主張をせず、名義書換をしないまま転売し得る権利を自己に留保していたのである。そして、控訴人は、これを知らず、被控訴人の右態度から、被控訴人が無効、解除の主張をすることを予測していなかった。その後時を経て、被控訴人が突如として本件契約の解除等の主張をした。それは、入会不承認の通知を受領してからほぼ三年間も経過した平成五年九月になってからである。
以上の各事情に照らすと、被控訴人の本件契約解除は、解除権の濫用又は信義則違反に該当し、許されないものというべきである。
第五 瑕疵担保
前示のとおり、本件契約(売買)の対象は、ゴルフ倶楽部の入会承認を得て会員となり得る地位ないし入会承認があることを条件に会員たる地位を確定的に取得し得る期待権(条件付権利)である。
そうであるから、買主である被控訴人が、当初から入会承認が不能であった場合は格別、本件のように、事後的に本件倶楽部の承認を得られなかったとしても、そのことが本件契約(売買)の対象である権利(条件付権利)の瑕疵とならない。このことは右権利の性質上当然のことである。前示のとおり、右不承認の点は、本件契約の付随的債務の不履行として検討すれば足りる。
第六 解除条件付売買
控訴人と被控訴人との間で、被控訴人主張の解除条件付売買の約定が成立したことが認められないことは《証拠略》ないしその各認定事実に照らし明らかであり、他にこれを認めるに足る的確な証拠がない。
第七 買戻の約定
控訴人と被控訴人との間で、被控訴人主張の買戻の約定が成立したことを認めるに足る的確な証拠がない。
なお、《証拠略》によると、控訴人が被控訴人に対し平成四年七月二四日に送付した乙山春夫作成名義の譲渡証明書は、名義書換手続のための名義人乙山春夫の印鑑登録証明が必要な場合には、控訴人が、いつでもその入手に協力できることの証として送付したものにすぎない。右譲渡証明書に記載のある買戻約束を控訴人もする趣旨のものとは認められない。したがって、これをもって、控訴人が被控訴人に対し、入会承認ができない場合に買戻を約定したという被控訴人の主張は採用できない。
第八 まとめ
以上のとおり、被控訴人の請求は理由がない。
第九 結論
よって、被控訴人の請求を一部認容した原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 小田耕治 裁判官 杉江佳治)